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和解と平和哲学 - アフリカの国ベナンと共に


和解と平和哲学 - アフリカの国ベナンと共に

GROW代表 勝本 義道


その時、上着のポケットには2通の手紙が入っていた。緊張で引きつった彼の顔は、それがどれほど重大な内容なのかを語っている。

数奇な歴史の運命に翻弄されたアフリカ西海岸の小さな国で、これから偉大な勝利の物語がはじまる。その国は、約300年間の奴隷貿易の後、66年間フランスの植民地時代を経て、独立後の混乱の末に共産主義国家に転じ、瞬く間に国力が衰退していった。経済は疲弊し教育制度も崩壊した。国家にとって必要な相当数の人材が海外に流れ出し、深刻な国難に直面した。
1990年、時の大統領ケレク(Mathieu Kérékou)は、国民の代表たちとの話し合いに臨み、激しい心の葛藤の中にいた。彼こそが、共産主義によってこの国を指導していた張本人であり、最高権力者であった。
しかし、今、彼の右手には600万人の国民の生死を左右する運命の綱が握られ、
マチュー・ケレク大統領(左)とイシドレ・ドゥ・スーザ大司教
「マチュー・ケレク大統領(左)とイシドレ・ドゥ・スーザ大司教(右)」
ポケットに入れた左手には「共産主義を絶対に放棄するな」という手紙が握られていた。これは、彼にとって命が危険にさらされていることを意味していた。
長い間苦汁をなめ続けてきた国民たちの命と、自分自身の命が天秤に掛けられ、自らが審判を下す立場に立たされていたのだ。このような局面で選択を迷わない者はいないだろう。多くの場合、貪欲な権力者たちは自らの保身に走った。
彼には、勇気と冷静な判断が必要であった。勇気は自分の命を捨てる意志であり、冷静な判断とは正しい答えを選択する理性である。これを妨げるものは利己的欲望であり、真理に対する無知である。
国民たちは会議の進展を固唾を呑んで祈っていた。乳飲み子を抱えた母親たちは、涙を流して叫んだ。「子供に食べ物と命を与えて下さい!」と・・・。彼も生き、国民も生き、国家も生かす道はないのか。血を流さず、平和と幸福へ導く杖はないのか。 厚く垂れ込めた黒い雲は、今にも血の雨と破壊の嵐を巻き起こしそうな状勢であったが、奇跡が起きた。奇跡は偶然が起こしたのでもなく、超越的な神の一方的な恩恵でもなかった。
運命の女神は他でもない、彼の心の中に住んでいたし、会議の場に参加していた人々の心にも住んでいた。そして、その会議を見守る国民の心の中にも住んでいたのであった。ケレクを動かしたのは、彼を説得する言葉ではなく、国民の熱い思いであり、彼らに選ばれた一人のカトリック大司教の人格であった。
その人、ドゥ・スーザはケレクの感情的な罵倒や脅迫に耐え、話し合いを放棄し逃げるケレクのもとに出向き、彼を尊重し優しく心から尽し続けた。 ケレクも分かっていたのだ。自分が選ぶべき運命の道と、何が国民に幸福を与える選択なのかを。そして、幸運にも、彼の心の中に人の誠意や愛情に応えることのできる情操性が備わっていたのである。
人間の最も本質的価値は理性や生命以上に、心の中の愛情で満たされた人格である。人と人との絆も、家族の絆も、王と国民の絆も、国と国の絆も、心と心の人格的な愛情の絆によって結ばれる。決して物質的なものによって絆がつくられたりはしない。
この時、ベナン人民共和国は、民主主義のベナン共和国へと大きく舵を切り、国民の願いは話し合いによる和解によって実現したのだ。一滴の血を流すことなく、大統領も生き、国民も生き、国家も生きる道があった。これは歴史上初めての偉業である。憎しみは人々を殺し、愛には人々を生かす力がある。平和は、愛の心をもって紳士的に話し合うことによって実現する。
今、世界はいくつもの国や地域で、毎日のように紛争が起き多くの人の命が犠牲になっている。様々な理由があるのだろうが、同じ人間同士が殺し合いをして問題の解決を図ることほど愚かなことはない。それは、結果的には何の解決にもならないからだ。それどころか、多くの禍根を残し、将来また同じ戦いが繰り広げられることとなる。
ケレクは人として生きる最善の道を選択し、国民も彼を温かく受け入れた。何と、その後1996年から二期10年間、国民から今度は民主主義国家の大統領として再度選ばれ国のために働いた。1999年には、かつてのダホメ王国時代に手を染めていた奴隷貿易の歴史的罪に対して、大統領自らがアメリカやヨーロッパの奴隷の子孫に心からの謝罪を行なった。そしてこれを機に、平和を願う和解運動がベナン共和国から発信されたのである。
日本人間学会では、ベナンが興したこの運動が世界的な平和運動となるよう支援し積極的に推進している。そして今、ネパールや国連を舞台に新しい和解のドラマが胎動し始めている。
日本は、太古の時代より「和」を重んじる大和の国である。「平和」は、お互いが仲良く調和し穏やかで安定した状態をつくりだすことである。日本民族が歴史的に築き上げてきた精神文化は根底に情操的な和の心を持っているので、この和解運動を行なうに相応しい資質をとても良く備えた国だといえるだろう。
日本人間学会が願いとするのは、人間学を哲学的に極め、和を中心とした情操教育を施すことによってこれを実現することである。今、日本は、深く歴史的な精神文化をもって、この和の精神を伝えることにより、またそれを世界に広め、啓発することにより本当の意味で人類のために貢献することが願われていると深く確信している。
国家の平和や発展は、お金や権力や軍事力だけで得られるのではない。国家の基は人間の質を財産として築かれる。世界平和の基も正しい人間教育によらねばならない。 世界は、新たなる精神文化の必要性に迫られている。和の文化が本当に理解されれば、それは人類の将来を明るく照らしうる光の柱となるだろう。

 

 

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